皆さま、黄金週間をいかがお過ごしでしょうか。カム同人の芦原です。
今年は古事記編纂1300年に当たりますので、イベントが行われたり特集本が発行されたりと、古代史好きには嬉しい一年です。
せっかくなので、太安萬侶と稗田阿礼ゆかりの地を訪れてきました。
まずは、太安萬侶の墓。
細い県道を進むと、茶畑のど真ん中にあります。

昭和54年1月に、畑の持ち主が掘り当てたそうで、橿原考古学研究所編『太安萬侶墓 奈良県史跡名勝天然記念物調査報告第43冊』には、発見者の生の声を録音したものが記載されています。以下引用。
くずれ落ちた炭をまた拾い上げまして中をよく見ますと、ちょうど穴の中央部の方がこんもりと高く灰がみられました。それで、その灰を少し手でかきのけていきますとその中に骨らしいものが見られたんであります。
銅板に何か書いたある。ああ、銅板でやとかなあ、みょうなこと言うてはるなあ、こう思いました。その時私感づきました。それやったら、まず第1番に銅板をやな、銅板の出たところの現状を破壊したら工合が悪いと。(中略)二文字程ちょっとこう、サビでわからない字がありましたけれど、だいたい読めました。そして、こりゃ太安萬侶いうたら古事記かかはった人やがな、こんなほんまやろかな。
これはすごい発見だということを理解して、然るべき処置をとってくださった畑の持ち主に感謝、ですね。
こちらが、現在の墓。
急斜面の茶畑の中に、ひっそりと祀られていますが、お供えしてある榊は青々としていました。
続いて、元になる伝承を誦習した稗田阿礼をご祭神として祀る、賣太神社。
奈良県大和郡山市の稗田町というところにあり、辺りが稗田一族の本拠地だったことが伺えます。
実は、この神社にお参りしたら確認したいことが一つありました。
それは、ご祭神の性別。
昔から、稗田阿礼は男か女か、論争がありました。「舎人」と記載されていることから男の役人という説が一般的ですが、柳田國男氏は女性説を唱えています(ちなみに、梅原猛氏は稗田阿礼=藤原不比等説を掲げています)。ゲームやマンガでは、女性とされることが多いようですね。
通常、神社の屋根は、男神を祀る場合は千木(兜の角みたいな部分)が垂直に削がれており、鰹木(屋根を押さえる鰹節のような形の木)が奇数、女神を祀る場合は千木が水平に削がれており、鰹木が偶数です。だから、千木と鰹木を見れば、稗田阿礼の性別もわかるのでは、と思ったのですが……。
千木は、垂直と水平の中間くらいの位置で削がれていました。ただ、鰹木は2本だったので、女神と言えないこともないのですが。本当のところはどうなんでしょ?
何にせよ、阿礼さまの驚異的な記憶力にあやかりたいものです。
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