« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月

2010年8月15日 (日)

読書感想文 「悪人」 吉田修一

朝日新聞 ゼロ年代の50冊 で取り上げられてたのをきっかけに、手に取りました。
すごく面白かった!読んでよかった!
もう、読んだのは結構前だけど、あまりに嬉しかったので、更新します。(不定期多謝)

吉田修一氏は、『パークライフ』を読んでいたんだけど、
僕にとってはあんまり面白くなかったから、この人の作品はあわないと思ってて、
だからこの作品も、おもしろいとは聞いていたけれど、ずっと読んでませんでした。

それにそもそも、僕はどちらかというと、日本作品より、海外文学の方を読むことが多くて、
それは、海外文学のほうが、読みながらガッツリ腹にくる可能性が高いから、なのです。
読みながら、これはすごい作品だなあ、と思う瞬間がたまらなく好きなんだけど、
海外文学の方が、その確率が高いから。(そのぶんダダ外しも多いけど)
日本文学は、読みやすくて、読んでる間楽しいけど、ガッツリくる率は低いのです。
(あくまで、僕にとって、ですよ!)

けど、この作品はガッツリきた。
読み始めて、結構最初の方から、最後の方まで、ほぼずーっときっぱなし。
入り込んだ。普段の会話が博多弁になりそうになった。
朝日の記事では、誰かが
「人間を「主体」ではなく関係のなかの「効果」として描くことに成功した、ポストモダン小説の到達点」
と言ってた。本当にそうだと思った。この人はうまいこと言った。
後もう少し、無駄口を付け加えると、
それでも、描かれている人間はとても主体的で、どうしようもなく人間、であること。

さらに、内容に立ち入ってまでぐだぐだ言いいます。、
僕が印象的なのは、やっぱり最後の部分。
光代は元の生活に戻りつつあり、
誰か(おそらくどこかの記者?)に、事件中は、自分が自分でなかったようだ、と言い、
さらに、この前、久しぶりに好きな歌手のCDを買った、と言う。
去年の正月、実家で過ごした光代は、買いたいCDなど無かったはずなのに。
会いたい人もおらず、涙を流したはずなのに。
その渇望感が満たされていた時期を、自分が勝手に舞い上がっていただけだろう、と
光代は考えている。
これは、物語の中にある(あったほうがいい、と言われる)人物のなんがしらの変化、ではなく
人間の、主体の「ゆらぎ」であるように僕は感じました。
これだけの物語の最後に、理性的自我(近代!)を根底からぐらつかせるところは、
三島由紀夫の『豊饒の海』のラストを思わせます。
(門跡は本多に、「そんなお方は、もともとあらしゃらなかったのと違いますか?」と言うのです)
そういった意味でも、近代以降の作品であると感じました。

やや話しにご都合主義的な面もあったり、大仰なところもありますが、
そんなことを差し引いても、作品全体に大きな力があることは間違いありません。
日本の作品も、いいものですね。
こんな作品が、もっとあればいいのに!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月11日 (水)

おなかがすきました

カム同人のうえのそら初です。

最近昔買った料理漫画を繰り返し読んでいます。

とくに最近のお気に入りは、ラズウェル細木さんの作品。

『酒の細道』や『魚心あれば食べ心』。

こう、お酒や肴や食べ物に関するこだわりがただ事ではないというか。

とくに『魚心~』のほうは、主人公がタイの頭やアワビの肝を食べるときに笑顔になります。しかしその笑顔は、幸せさを感じさせるものではなく、邪悪さすら漂よう恐ろしいものです。

にもかかわらず、ほんわかした雰囲気が流れているんですね。優しい漫画です。

ネタばれを避けるために、詳しくは書きませんが……。

料理漫画というと『美味しんぼ』や『ミスター味っ子』をはじめ、熱いものを読んできたので、とても新鮮でした。

おなかがすいてきたので、明日は魚のあらでも買って食べようと思います。

それでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »